289

 

3月03日

前の日記に書いた アレンジメント 値段が下がったら買おうと
見に行ってるのに まだ、下がらない。

9800円のまんま。

どゆこと?

これ、どう見ても、お正月のアレンジなんだけどなぁ。

違うの?

だって、これ 下は金色に塗った棒なんだよ。

そんなん普段 飾るかぁ?

綿ぼこりが、絡まってる程 放置されてんのに 9800円。

いつも見に行ってんのに、下がらないから買えなくて

こんなん買っちゃったじゃんよ。

ほうき、ちりとりセット。

DULTON

こうやって使うわけ。

そんでね、

持ち手の所はこんな風になっていて、
ぎゅーーって入れると

ちりとりと箒が一体化するんだけど、
ちゃんと、箒の部分が浮いていて
毛の部分が折れ曲がらない様になっている。

ほら、昔って箒って普段そのまま立てて置くから
履く所が曲がっていて 掃いたってはけなくなってたでしょう?

言ってる事わからん?

書いた後の習字の筆みたいになってたでしょう?

掃除は掃除機とモップだから
箒なんて見た事ないからわからん…と言う方は
「ま、昔はそうだった」という事でご理解下さい。

じゃ、わからんこと もう一つ言うからね。

昔ってね、長居するお客さんがいて
早く帰って欲しい場合に
箒に手ぬぐいをかけてそれを持って
お客さんがいる襖の向こう側に立つ、
もしくは見えない廊下の隅に置くという
「逆さ箒」って言うのがありました。

トイレに行ったお客さんが見てしまうとか。

箒で「履き出す」って言う意味だとか
神主さんが持っている悪霊(?)を祓う
「御幣」に似ているからからだとか
言われましたが。

…という事で 「そんな失礼な事はしてはいけない」
という事で、昔は箒を逆さまに立てるのを
とても嫌う人がいて、
(うっかり逆さまに立てて置いた 後にお客さんが来るって
いう事があるからね、それを見て嫌な気持ちがしたら
困るから、普段からそういう事はしてはいけないって言われた)

ですから、箒は立てられて 毛の部分が
常に箒の重みで曲がっていたんですねぇ。

あ、もいっこ、
「箒をまたぐとバチが当たる」って言うのもあったよ。

なんでかは知らないけど。

私が子供の頃ってこういうのが一杯あって、
昔はさぁ、今の子供の様に理屈こねたり
すぐ「なんで?」とか聞かないで
「そうか、バチがあたるのか」と思ったんだよなぁ。

いい子だったなぁ、あたし。

試しにうちの子に言ってみるとどうなるか
考えるに。

「なんで?バチってどんな?どうなるの?
箒とバチってどう関係がある?
バチって誰が当てるの?
神様?神様がそんな事していいの?
神様って最低ー。箒またいだ位でバチだったら
掃除機だったら死刑?バカじゃん。

あ、じゃ、ハロウィンはどうなのよ。
魔女が堂々と箒またいで、乗って空飛んでんじゃんよ。
あれ、バチあたんないの?魔女と神様じゃ魔女の勝ちって言う事?
じゃ、大したこと無いじゃん。」

もう、対抗する気力がないから、

「じゃ、またぎなさい」と言うしかない。

今、思うに、掃除をした後に箒をその辺に
出しっぱなしにしたらいけない とか 
物を跨ぐのはお行儀が悪いからしてはいけません…って事を
「バチがあたる」って言うんで簡単に言ってたんではないかと思いますが。

その時代 時代によって 子育て法とか教育論とかは
変わるんですが、私の子供が小さい頃はなんでも
「子供の目線に立って 子供が良くわかって納得するように
よく説明する。頭ごなしに怒らない」というのが超主流でした。

勿論、そういう事が必要な場合もありますが
なにがなんでもそう…というのは どういうものかなぁ…と思っておりました。

理屈がわかんないのが子供なんだから
理屈で納得させようとするのはなぁ…とか
自分が納得しなければ、「いけない」とわからないじゃなぁ…とか。

世の中 自分にとっては理不尽な事だらけで
自分の常識は他人に非常識…な世の中なのに
じゃ、我慢って言うのはいつ教えるんだ?とか。

自分に道理があると思っても、相手が嫌だと言ったら
やめなければいけない事も沢山あるんだよなぁ。

お砂場でお友達のオモチャを取って泣かせても
砂を握って 頭からかけても、押して転ばせても
じっくり、話を聞かせる お母さんが多かった。

考えも家庭環境も違うんだから
それぞれで良いと思いますが

私はそういう中で一人 うちの子に
説明もなしに「ごめんなさいして返しない」「謝りなさい!」
「あんたにも砂かけてやろうか?」
「ママが駄目と言ったら駄目です!」で
周りからは 「乱暴」と言われておりました。

うちの子を怒ってたら 一緒にいたお友達が泣いたこと多々ある。

今でも友達は 産院友達 幼稚園友達ですが
同じようなのばっかり集まっている為
友達も「この前 お友達に意地悪したから
うちの子を怒っていたら お友達が泣いちゃったのよねぇ。
『おばちゃんは、由紀を怒ってるんだからね。
真希ちゃんを怒ってるんじゃないのよ。びっくりした?
ごめんね?』とか謝って大変だったわぁ。
母親が怒るのを見た事がないんだねぇ。」とか言ってた。

こんな風にですね、私の友達とか従妹とか
世間の風潮に逆らってですね、逆風をまともに受けながら
「自分本位にならないように」「我慢するように」
教育したんですよ。子供を。

そんでだよ、その結果が ここにおりますが
超 自己中じゃん!!

お前、どっからそんな理論持って来たんだ?

よくも そんなに自分の都合の良いようにだけ
捻じ曲げて言い張れるもんだわねぇ…と思う。

なんでだよ!!

友達と会うと
「ねぇ、あたし達さぁ、いけない事はいけないって教えたよねぇ。
自分勝手な事は通らないって教えたよねぇ。
自分の我を通すより、まず相手の言い分を聞きなさいって
教えたよねぇ。
あれって なんだったわけ?
ナニが悪かったわけ?」と言い合っては、うなだれるんでした。

「育てたように子は育つ」とか嘘じゃんよ。

あまりの自己中心的 「悪い事は全部人のせい」 な考え方に
「そんなん、10000歩譲って、例え 親が認めたとしたって、
世間がそんな事許さない。親は世の中に二人しかいない。
二人だけを味方に世間を渡れると思うなよ!!このバカ!」
と子供に怒っているのも同じなら

「なんで?私、厳しく躾けたよね?
どしてこんな出来損ないになったわけ?」
と つい夫にこぼすと
「…お前とそっくり」とか言われ
「コイツの遺伝子か…。もうコイツに相談するのは
絶対やめよう…」と思う所も同じ。

で、夫とは益々疎遠に 女友達とは益々親密になり
「いつも、昼飯喰って遊んでいる。そんな飯ばっかり喰って
何が楽しい」と言われるのでした。

ばかだぁ、 飯 そっちのけで喋ってんだよ。

あなたの悪口を…じゃありません。

ホントの事だから、悪口ではない。

 


今日は 280gで390円の
カナダ産牛肉を使った
チャイニーズ ディナーについて
書こうと思ったのにー。


最初考えていた事とどんどんずれて行くのは
どうも、老化らしいのよ。

「あれ?あたし何言おうとしてたんだっけ?」

子育てを同時に戦った友達は
同年代であるため、やることも似ていて
老化してても、お互いに気がつかない。
同じだから。

「これって、ヤバイよね」とこの前も言い合った。

という事で、これのレシピは次回。

 

BBS


← previous      next →

dairy log