学校も始まり やっと 通常ペースに。
…と思ったら 残っていた。
正月の残骸が キッチン側のベランダに。
冷蔵庫に入りきらない野菜はここに置いていた。
泥ネギとか ごぼう…サツマイモとか
長芋とかね。
それも片付けたし…とプランターの水やりにベランダに出たら
あ、なんかある。
…あ…レンコンが落ちてる。
拾おうっと。
筑前煮を作ろうって思ったけど、これも作らなかったんだよな、あたし。
では やります。
冷凍してあった、ハンバーグのタネで、
レンコンの挟み揚げ。
ハスは輪切りにして 酢水にはなす。
水気を拭いて片面に小麦粉を挽肉の種を挟むだけ。
片栗粉 大匙4
小麦粉 大匙4
水 150cc
の衣にさっとくぐらせて170度の油で揚げる。
ピーマンは素揚げにして熱いうちに塩を振る。
*天麩羅の衣でもやってみたけど
衣が厚く付きすぎるから こっちの方がいいかな。
残った半分のレンコンは 明日のお弁当のオカズにキンピラに。
キンピラじゃないのかな…炒め煮って言う?

1 胡麻油でレンコンを炒める。
2 砂糖を加えて全体に絡める。
3 酒 醤油 鷹の爪 胡麻を入れて煮詰める。

年末に来ていた両親ですが
母は「あたしは まだ 帰りたくない」って言うのを
父が「自分ちじゃないんだから、いつまでもは いれない」
と言って、滞在8日でお帰り遊ばしました。
父は、すごく気を使うタチで
自分の実家にも泊まれない…という人なんで
8日も泊まれたのは おりこうなんだよ。
不思議なもんで 自分の親というものは
80歳を過ぎても どうも、年寄りとは思えずに
大喧嘩なんかしてしまう。
友達も 時たま ご両親の所に
様子を見に行っている。
帰ってきて
「お母さま、お元気だった?」と聞くと
「喧嘩して帰ってきた。『もう、来ないからね!』って言ってきた。」と言う。
「手伝いに行って喧嘩して帰ってくる」
と言うのも まだ、親に元気があるからなんだよなぁ。
うちも 夏に来た時には 喧嘩していた。
しかし、年末には 私が怒ったら黙ってしまった。
もう 喧嘩は出来なくなったんだなぁ。
親子喧嘩の長い歴史の終わりなのでした。
父と母が 会話しているのを聞くと
もう、バリバリの老人の会話。
とにかく、雀のように ずっと喋っている。
ずっと喋っているんだけど、全然会話が噛みあってない。
これが、私とか孫相手だと
「何言ってんのよ!」になるんだけど
老人同士だと、これが何の問題もない。
うちに来る早々 買い物をした父はもう
ダンボールに詰めてそれを自宅に送る算段をしている。
明日荷造りをするって。
父「これさ、明日 にづくりするから。ママがダンボール貰ってくれたから」
母「ふーーん。明日 にじゅうくんち?(29日)」
父「そう。明日 荷造り」
母「へぇー。 明日 29日。」(違う!明日は大晦日だってば!」
父「そう、にづくり」
母「ふーーん、29日…。来たのはいつだっけ?」
父「28日」
母「28日かぁー」
父「そう、28日」
母「ふーん。28日ねぇ」
これが 延々と続く。
延々と続いて そのうち喧嘩になる。
しかし、喧嘩したのもすぐ忘れてしまうらしくて
「お茶いれて」
「え?お茶?」とか言っているんで仲裁に入る必要なし。

私は 小さい頃 自分が太るって言う事が想像できない位痩せていた。
今は 30代までは7号サイズだった事が想像できない。
背は割りとあるので、お腹を見たお医者さんに
「これで 内臓がちゃんと入っているのか?」と言われた事があるのに
今じゃ 「…これ、全部 肉なわけ?」である。
母には 子供が太らなくて苦労した記憶がこびりついているのか
今の私を見ても帰り際の電車のホームで
「アンタは体が弱いから くれぐれも体に気をつけてね。
ものを食べないから。じゃ、無理しないように、体に気をつけて」
と言ったのでした。
あまりに「あんたは、ものを沢山食べれないから
丈夫じゃない」とか言うので
もう、充分すぎる程太っていると、安心させようと
「あのね、あたしのお腹みてごらん。この二の腕見てごらんよ。
フトモモなんて、こうだよ。こう!」と見せてやると
じーーっと見た挙句
「あんたは顔が小さい」って言ったのでした。
…なにが なんでも「体が弱いから、痩せている」としたい様だった。
「昔の記憶は現在に事実に勝つ…」というのは
食べない癖に 年末になると
ロースハムの塊を2つも買うのと似てるな。